カーネルおじさん!フライドチキン作る前には何してた?

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大器晩成?カーネルおじさんの人生とは

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日本に1180店舗ある人気ファーストフード店「ケンタッキー」の店舗の前に必ずいるあのおじさんの名前、もちろんわかりますよね?そう、カーネルおじさんです。でも彼の人生について知ってる人は少数なのではないでしょうか?今回はそんな彼の人生について迫っていきたいと思います。カーネルおじさんの本名はハーランド・デーヴィッド・サンダースと言います。インディアナ州の貧しい母子家庭で産まれました。16歳で年齢を偽り軍隊に入隊します。若き日のカーネルおじさんはかなり職を転々とする人間でした。軍隊を辞めると、鉄道機関士や弁護士、保険会社などを転々とし、30歳になるまではなかなか定着しませんでした。カーネルおじさんがケンタッキーを作り上げるのは30歳よりもっともっと後の事です。カーネルおじさんってかなり大器晩成のタイプだったみたいですね。

カーネルおじさん、ガソリンスタンドをはじめる。

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人生の転機は、30歳にやってきます。カーネルおじさんはケンタッキー州でガソリンスタンドを始めました。ほらほら、んだんカーネルおじさんらしくなってきたでしょう?ケンタッキー州という単語がやっと出てきました。元々料理の才能や商才には恵まれていたようで、ガソリンスタンドの経営は大成功。しかし大恐慌の波には逆らえず、39歳の時にガソリンスタンドを閉めます。しかし、カーネルおじさんは諦めません。翌年には同じケンタッキー州でもう一度ガソリンスタンドを始めました。このガソリンスタンドが今のケンタッキーの原点だと言ったら、皆さん驚きませんか?

ガソリンスタンドから始まったサンダース・カフェ

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DDN JAPANより引用

カーネルおじさんはとてもサービス精神が旺盛な人です。お客様に喜んでもらうために、今度はガソリンスタンドの横の物置で「サンダース・カフェ」を開きました。この小さな物置からケンタッキーの歴史は始まったのです。その後、カーネルおじさんはカフェ業一本に専念する為に、ガソリンスタンドを閉店することにしました。そしてこのカフェが大成功を収め、40代半ばにはケンタッキー州から表彰まで受けることになったのです。この時、ケンタッキー州からもらった名誉称号が「カーネル」だったのです。その後、ホテル事業も行いますが49歳の頃、火災でカフェもホテルも失います。カーネルおじさん、波乱万丈の人生すぎます。

逆境に負けないカーネルおじさん

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カーネルおじさんはどんな逆境にも負けませんでした。火災の後も、51才でサンダース・カフェを再建したのでした。その再建したカフェの席数は142。当時のアメリカでこれだけ大規模なレストランは珍しかったそうです。しかし、カーネルが65歳の頃、順調だったカフェ業も高速道路建設の関係でパタリと客足が途絶えてしまいます。このままではお金がもたない!そんな時にカーネルおじさんはフランチャイズ事業の仕組みを編み出しました。仕組みとしては、まず代理店にサンダース・カフェのオリジナルのフライドチキンを置いてもらいます。そのチキンが1ピース売れるにつき数%の売り上げをもらえるシステムです。考えたものですね。そして70歳で、フランチャイズ契約店舗数は200店舗を超え、73歳でフライドチキンの専門店を作り店舗数はトータル600店舗にまで膨らんだ。翌年の74才には経営権を譲ってしまうが、90歳の頃にはケンタッキーとしての広告塔となります。そしてこの年、肺炎の為にこの世を去ったのです。

カーネルおじさんってやっぱりすごい

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DDN JAPANより引用

こうやってカーネルおじさんの人生を辿ってみると、カーネルおじさんがいかにすごいかがわかりますね。貧しい家庭で育ち、最終学歴も小学校…何度も不運に見舞われるが、その逆境にも負けずに乗り越えていくのは並大抵の努力じゃないはず。まさにアメリカンドリームです。今日もカーネルおじさんは、世界中に笑顔と幸せとそして希望を運んでいます。
アイキャッチ画像:企業キャラクターSより引用